『工学部で学ぶ数学』<おすすめの本 No.005>

今回紹介するのは,

工学部で学ぶ数学(2009年, 千葉逸人, プレアデス出版)

です. 世間ではあまり知られていない本かもしれませんがすごくおすすめの一冊です.

著者の千葉逸人先生は現在九州大学マス・フォア・インダストリ研究所の准教授で, 学生の頃にこの本を執筆されています. 若干21歳のときです. 上の写真は新装版でその前に

  • 2003年に初版(千葉先生が21歳のとき)
  • 2004年に改定増補版(千葉先生が22歳のとき)

が出版されています.

最初は驚きましたね. 学生が書ける本ではないと思ったからです. ただ若くして准教授になられたのをみると, やはり才能ある方なんだなと思います.

内容自体もかなりボリュームがあり,

  1. 行列
  2. ベクトル解析
  3. 常微分方程式
  4. 複素関数論
  5. フーリエ解析
  6. ラプラス変換
  7. 関数列の収束について

までわずか400ページに満たない本にまとめあげています. そうするとこのテイの本は大体証明などを省略するものも多いのですが, それにも妥協がありません. 完結にちゃんと書かれています.

例えば, 薄い微分方程式の本であれば, 巻末によく載っている「解の存在と一意性の定理」の証明もちゃんと載せてあります. その証明の際に使うグロンウォールの不等式の証明も載っています.

これを初めて見たときに頭をよぎったのが, J. ポストの「ポストモダン解析学」に雰囲気が似てるかもしれません. これは読むのが相当辛かったですが…

また, 何より良いと思うのが, 独自の視点から繰り広げられる定理の解釈です.

伝統的な数学の本であれば, 具体的なイメージなどは書かずに延々と定理とその証明が続くのが一般的です. 私たち数学を学んだ者もそれが普通だったし, その場で理解できなくても, だんだんとわかってくるというのが数学でした.

この本はそんなイメージしにくい定理にも見事な説明がなされています. 例えば, ベクトル解析で出てくる次の定理見てください.

平面におけるグリーンの定理

$C$ を単純閉曲線, $D$ を $C$ に囲まれた領域とする. このとき, $D$ 上で微分可能なスカラー関数 $f(x, y)$, $g(x, y)$ に対し,

$\displaystyle\oint_{C}\left(f\,dx+g\,dy\right) =\iint_{D}\left(\frac{\partial g}{\partial x}-\frac{\partial f}{\partial y}\right)dxdy$

が成り立つ. ただし, 左辺の積分経路は $C$ を反時計回りにまわるものとする. 右辺は通常の二重積分である.

という定期をどう解釈しますか.

初学者はとりあえず, 定理を読んで証明を追って中身はなんとなく理解できるんだけど, どうもしっくりこない. 理由は簡単で,

想像できない

からです. 定理の証明がなんとなく理解できていても定理のイメージができないとまったく使い物になりません.

この本ではこの定理を上手に解説されていました.

今, 手元にある紙にはさみを入れてある図形を作ったとします. この面積はどのようにして求めたらよいでしょうか. 特殊な器具がなければ適当な多角形や円に分割して定規をあてるのが最も手軽です.

みなさんはすでに面積は2重積分で求めることができることを知っていることかと思いますが, 適当に分割する, というのはまさに積分の考え方です.

-(中略)-

つまり我々は面積を求めるのに常に2重積分を使ってきたわけですが, 紙にはさみを入れて図形を作ったとき, 図形全体を見渡さなくてもはさみが通った経路だけで図形の形状は決まる, 面積は決まっているはずです(中がくりぬいてあるような場合は別として).

これは図形の周囲の情報(線積分)と図形の内部の情報(2重積分)がなんらかの関係を持っていることを意味します. その関係を与えるのが次の定理です.

工学部で学ぶ数学 新装版 P.71より

としてから平面におけるグリーンの定理を証明しています. わかりやすい.

グリーンの定理はベクトル解析ではとても大切な定理で, このあとガウスの発散定理, ストークスの定理と続いていきます.

ただ漠然とイメージがつかない数学の定理の証明を考えるよりも, 先ほどのようにイメージをちゃんと持ってから証明を読んでいくことがいかに理解の助けになるかは想像に難くないと思います.

この本は至る所に千葉先生のそういった解釈がちりばめられています. 初学者はそれだけで買う価値のある本だと思います.

なぜなら, 一般的な数学の本ではイメージなどは書いておらず, 定理→証明が続きます. それは悪いことではありません. むしろそうあるべきでしょう. それ故, 数学書は初学者には敷居が高くなってしまいがちです.

『工学部で学ぶ数学』は

漠然としたイメージから厳密な証明へ

ということが見事に成し遂げられた本だと思います.

出版社はプレアデス出版です. あまり聞かない名前かもしれませんが, 長野県安曇野市にある出版社で,

こういう掘り出しものの本が多い出版社

として私の中で認識しています. (こういう言い方ですと, 千葉先生に失礼になってしまいますね. )

2020/06/30現在, Amazonでは在庫切れとなってしまっているので, 欲しい方は出版社から直接注文をしたほうが良いかもしれません.

ただ, ここ1, 2年見ていると(なんで見ていたのかな. 笑)在庫切れとなっても数ヶ月で復活していることが多いので, たまにAmazonなどをのぞいてみるとよいでしょう.

プレアデス出版はこの本以外にも,

などがおすすめです.

他にもあると思いますので, ぜひ探してみてください.

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